2011年9月7日水曜日

三越 劇場と戦後の文化復興

例のごとく・・・ではあるが、今日の一言は、これ
もともと中国では年に三回(1月、7月、12月)身を清める風習があり、それぞれ上元、中元、下元と呼ばれていました。上元から半年間、無事に健やかに過ごせたことを祝い、祖先の霊を供養し、お世話になった方へ、感謝の贈りものをするしきたりが中元です。

今日は、ボクシング最初のタイトルマッチ[1892]の日である。
これまた、例のごとく最近食べたものだが、
日比谷線三ノ輪近くの商店街の店で、ライス大盛り焼肉定食を食べた。納豆をつけた。


10日前に、勿論、後輩と仕事だけど、時には遊んで帰るかとか思うだけ思って、、等々力駅に、行ってきたんだぞ。

さて本題だ、いつもの通りコラミオにコラムが公開されている。

中央区 三越 劇場 日本橋 ホールについてのコラムだ。

中央区 三越 劇場 日本橋 ホールといって、何を考えるかは、これは人により、違うだろう。
俺も今回初めて知ったこともある。なんというか、無知の知だな。

ちなみにこのコラムのトップはこちら↓
三越 劇場の歴史と評判、評価
コラムの説明から
戦前までの三越 劇場は高級な社交場としての色合いが強かったが、1946年、昭和21年、11月22日、終戦から1年余りで再開した三越 劇場は、戦後文化国家建設を旗に掲げた。三越 劇場に限らず大儀名分は大

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